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鄭和艦隊 ⑤ 余話  中国の海外進出

鄭和艦隊 ⑤ 余話  中国の海外進出 [2021年12月13日]

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鄭和艦隊の話をブログに書いていたら、今習近平の行っている海外進出政策「一帯一路」、特に一路(海のシルクロード)が永楽帝の海外進出作戦とそっくりなことに気が付いた。

軍事力を増強して南シナ海を制圧し、東南アジア・インド・アラビア・アフリカと拠点を延ばしてゆく。習近平は永楽帝から学んだとしか思えない。

中国共産党は、初期の段階では農民を味方につけ人民の信頼を得た、その後文化大革命など混乱があったが、鄧小平の開放経済策が当たり経済成長が進み、この経済成長が共産党の求心力になった。やがて成長力が落ち始めると、習近平は「大中国の建設」を唱え、その実現策として「一帯一路」を進めている。

 

一方、「一帯一路」は「大東亜共栄圏」の中国版との考えもある。しかし私は本質的な違いがあると考えている。「大東亜共栄圏」の一番の目的は南方の資源の確保であって領土の拡大ではなかった、結果的に領土の拡大につながるとしてもそれが主目的ではない。国威発揚、影響力の拡大を目的とする「一帯一路」とは本質的に違うと思う。

 

これは「たら・れば」の話であるが、もし真珠湾攻撃を行わなかったらどうなっていたであろうか?真珠湾攻撃は日本の南方進出を米軍が阻止するのを防ぐため一時的に撃滅しておくという南方進出の補完的作戦ともいわれている。しかし攻撃が宣戦布告の55分前に開始されたこともあって、米国内に日本攻撃の炎が上がる結果となり、正に裏目となった。米国と戦争をして勝てるわけがないことは十分承知していたのにである。

 

大東亜共栄圏といわずに「植民地解放」を大義名とすべきであった、この考え方は存在したようであるが当時の政権の合意を得ることはできなかった。また、米国とは絶対に戦争しないと固く決議していれば太平洋戦争での悲劇はなかった、あるいは少なかったであろう。そのためには南方進出にあたってフィリッピンを対象外とする配慮も必要であったであろう。

 

話を戻すと中国は、域外に進出したことは2000年の歴史の中で一度もない。北方民族との間で戦争が起こったことはあるが、これは防衛目的で、万里の長城で分かる通り常に北方からの脅威に備える必要があった。そればかりか北方民族に支配されたことも多く、3世紀の普、13世紀の元、最近の清がその代表例である。

華人が政権をとっていた時代で域外進出を試みたのは永楽帝のみで、唯一の例外である。そして習近平が第2の例外になろうとしている。多分習近平はもう1期総書記を続けるであろう、でもそれが最後だ、彼はあまりにも多くの敵を作りすぎた、主要先進国のほとんどを敵の回したことは国益に反すると批判されよう。また国内でも贅沢禁止政策などを利用して多くの政敵を葬ってきた。彼らから退任後批判されることは確実で、習近平は亡命するかもしれない。

 

以上全くの私見であるが、鄭和艦隊の話を書きながら思ったことである。

 

 

 


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