JMIC(日本マリンインポーター協議会)

HOME事務局長のBLOG

バートラム物語 ① Raymond Hunt / Carleton Mitchell

バートラム物語 ① Raymond Hunt / Carleton Mitchell [2021年04月24日]

カテゴリー

「あの波の中を矢のように飛んでゆくのは何だ!!!」

時は1958年、場所は米国東海岸ロードアイランド州ニューポート沖、見た人はRichard Bertram、そしてその飛んでゆくものは12m級ヨット「Easterner」のサポートボートであった。

アメリカズカップレースは第2次大戦中中断されていたが、戦後12mクラスを使うことが決まり、1958年イギリスが挑戦してきた。これを迎え撃つアメリカ側は4隻のディフェンダー(防衛)候補艇が名乗りを上げたのでその4艇による防衛艇決定戦が、レース水面となるニューポート沖で繰り広げられていた。

候補艇は①「Vim」S&S(Sparkman and Stephens)設計、1939年に建造された戦前の名艇、②「Colombia] S&S設計、Vimより速い艇として新たに設計された。  ③「Weatheriy」Philip Rodes設計、ローズも当時のヨット設計に第一人者である   ④「Easterner」Raymond Hunt設計 の4艇であった。

12mクラスは戦前に作られたレーティングクラスで、長さ、幅、セール面積など規定された数値を式に入れその答えが12となるルールである(長さが12mというわけではない、平均的長さはおよそ70フィート)。このルールについては戦前に研究しつくされていて、その答えの見本が「Vim」であった。「Colombia」と「Weatherriy」はその流れに沿った設計であった。「Easterner」の設計者レイモンド・ハント(110クラス、210クラス、ローマオリンピックで優勝した5.5mクラスなどを設計)は奇才と呼ばれていて「Easterner」は4艇の中で一番小さい艇であった、このルールは規定の範囲内であれば設計は自由である、長さを短くすればセール面積を大きくできる、ハントは長さを切り詰めて稼いだ分をセール面積やほかの部分に使った。そしてチョッピ―な波の立ちやすいニューポート沖で自由に走り回れるサポートボートも設計した。ディープVモノへドロン船型(深いV型船底角度・24°、その角度が船尾から船首まで変わらない)を開発した。

結局、この戦後第1回のアメリカズカップレースはColombia(米)とSepter(英)の戦いとなったがColombiaが4-0で勝ちカップを防衛した。

 

外洋レースはモーターボートよりヨットの方が盛んで、外洋セーリングクルーザー・レーサーによる長距離レースが各地で行われていた。イギリスのファストネットレース、オーストラリアのシドニー~ホバート、アメリカのパンパシフィック、バーミューダの各レースが世界の4大レースと言われている。大西洋が舞台のバーミューダレース(ロードアイランド―バーミューダ635海里)は1906年から始まっている。この伝統のバーミューダレースで1954年から3連勝した艇が38フィート・ヨール「Finisterre」でそのオーナースキッパーがCarleton Mitchellである。Richardもクルーとして乗り組み、ウォッチキャプテンとしてこの優勝に貢献している。

 バーミューダレース


カテゴリー

アーカイブ

TOP